デジタルコシカワールド

幕張から「すこしだけ笑える」をテーマに毎日がエブリデイ

[雑記]達成困難な目標を達成する為に必要なもの、それは“純粋な悪意”[駄文]

   

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人間の底すらない悪意を

さな目標を達成することを誓い合った友人がいる、以後友人をAと呼ぶ。

誓いを立てたのは10月の飲み会、Aはダーツでサラリーマンプロになる、私はブログで収益を得る事を誓った。

あれから3ヶ月の月日が流れ、今日、私とAは息抜きに卓球をしていた、その帰り道、Aは申し訳なさそうに語った

Aの告白

A「おれ・・・最近ダーツ全然やれてないんだよ」

コシ「全然って・・・どれくらい・・・?」

A「い・・・いいたくねぇ・・・」

コシ「・・・今年に入ってから1、2回しか行ってないでしょ」

A「う・・・うぅぅ・・・」

コシ「わけを聴かせてもらおうか・・・」

Aは仕事が忙しく、疲れてしまいどうしても練習場にむかえない(家でのオナニーを優先してしまう)・・・と自らを卑下するように語った、その姿はまるで記者会見で疲弊したベッキーのようで、10月に契(ちぎ)りを交わした際の、雄々しさや煌きは失われつつあった

A「逆に教えてくれ、なぜ・・・君は続けることができる?」

 

どこまでも貫き突きぬける強い力。善?正義?違う・・・それは“悪意”

私は毎年1年の目標として漢字を一文字決めている、2015年は「攻」、そして2016年の漢字は「整」である、心技体の内、技と体を整えるのが今年のミッションであり、私はミッション必達の為、日々3~5時間を投資していたのだ(他にやることがないとも言える)・・・私は彼に“原動力”を語った

コシ「僕の場合は仕事が早く終る(定時が17時、遅くても19時)ということもありますが・・・モチベーションを保つために常に思い浮かべていることがあります」

A「(賞賛か・・・?名誉か・・・?モテたい・・・か?)」

コシ「ブログがたくさんの人にみられるじゃないですか」

A「・・・」

「もっともっとたくさんの人にみてもらうじゃないですか」

A「・・・・・・」

「お金、手に入るじゃないですか」

A「・・・・・・・・・」

「札束できるじゃないですか」

A「あ・・・あぁ」

コシ「そしたらね」

A「うん」

コシ「木村(親友)をその札束でビンタするんですね」

A「!?」

コシ「5往復ぐらいむかつく顔でにやにやしながらビンタするんですよ、こう、“ぺんぺん”って、「俺がこの金を手に入れるまでのあいだ・・・君は何していたのかな~? なんか成長したのかな~? どうなのかな~? 「ブログ(笑)」って言っていたけど、この札束はなんなのかな~~? 君の月収よりおおいんじゃないかな~?」って言いながら、盛大に見下してひっぱたくわけですね、その時をイメージしています」

A「・・・それは、ライバルである親友にくやしい思いをさせて、お互いに高めあうためか?」

コシ「Aさん・・・それは綺麗事ですよ・・・」

A「!?」

コシ「人間はそんなに綺麗な生き物ですか? 僕は今年で27、Aさんは29・・・汚れの1つや2つ背負っている年齢ですよ、僕らは汚れている・・・北斗の拳にでてくる火炎放射器持っているやつの消毒対象にされてしまう汚物ですよ! 綺麗なんかじゃ・・・正義の味方なんかじゃ・・・ない!!! “あいつよりも俺は優れている・・・”そんな優越感に浸って高笑いしたい・・・心のどこかで常にそう思っている、そう、それが人間、僕はですね、いつも頭の片隅に思い浮かべているんです、唯一無二の親友が・・・くやしゅうて、くやしゅうて、しかたなくて・・・歪んでしまうその表情を・・・」

 

がんばれるなら動機はなんだっていい、手段を考えているうちは深刻ではない

そう、人間ががんばる為に必要なのは“純粋な悪意”なのだ。

“俺を馬鹿にしたあいつを見返したい”とか“いい女をGETしたい”とか“一生働かずに遊んで暮らしたい!”とか“金持ちでイケメンの男をものにしたい”とか“嫌いな奴が不幸になってほしい”とか“あいつよりは優れていたい”みたいな

純粋無垢なキッタネェが、シンプルで、悔しさとも表現できるかもしれないが、そんなさわやかな言葉じゃ片付けられない、殺意にも近い“悪意”ではないだろうか?

卑しい・・・確かに卑しいかもしれない、だが卑しくないやつがどこにいる?

俺達はガンジーのように非暴力を徹底的に訴えたり、マザーテレサのように万人に愛を振りまき拠り所なき心を救ったり、キング牧師のように命果てるほどに黒人社会の平和を願ったり、ヘレンケラーのように視覚と聴覚を失いながらも障害者を山程救ったり、チャップリンのように億千万人を笑顔にしたり、戦時中の天皇陛下のように自分の命を捨ててまで国民の安全を願ったりできる清らかな人間・・・

でわない!

どちらかといえば「ベッキーうぜぇよな」と後ろ指さしつつ自らも負けず劣らずな業を背負って生きているのではないだろうか? 

 

イエスキリストに習う

聖書にはこう記されている

ある時、イエスが弟子たちを連れて街中を闊歩していると、一人の女性が民衆から石を投げつけられていた。

なぜこんなことをしているのかと、弟子が民衆の一人に問うと、「この女は罪人だからだ」と答えた。

それを聞いたイエスは民衆にこう言った。

「ならばしかたがない。続けなさい」

そしてこう続けた。

「ただし、一度も罪を犯したことのない正しき者だけこの女性に石をぶつけなさい」

民衆は、とまどい、やがて一人また一人とその場を離れ、石をぶつけているのはイエスただ一人だけとなった。

イエスは石なげるんかい! ベッキーに置き換えよう

ある時、ハリセンボンはるなが弟子たちを連れて街中を闊歩していると、一人のベッキーが民衆から石を投げつけられていた。

なぜこんなことをしているのかと、弟子が民衆の一人に問うと、「このベッキーは罪人だからだ」と答えた。

それを聞いたハリセンボンはるなは民衆にこう言った。

「ならばしかたがない。続けなさい」

そしてこう続けた。

「ただし、一度も罪(と、恋のギルティ)を犯したことのない正しき者だけこのベッキーに石をぶつけなさい」

民衆は、とまどい、やがて一人また一人とその場を離れ、石をぶつけているのはハリセンボンはるなただ一人だけとなった。

・・・俺達は・・・ギルティ・・・ギルティなんだよ!!!

 

卑しい思いも口しなければバレない

まぁ、だいぶ話がそれたが悪意は「それ、なんか違う」と指摘されるケースがほとんどだと思う、でも口にしなければバレない、だから胸の奥にそっとしまって目標達成の原動力にすればいいんだ。

私は4年前、2ヶ月間で21kgの減量に成功したことがある、半分栄養失調のような状態で最後にはインフルエンザにかかりぶっ倒れ、マジで死にかけるという、狂気に近い試みだった。

その原動力は「元カノに・・・一矢報いたい・・・」とう純粋無垢な殺意だった、シンプルで純粋であるが故、強く固く大きなその気持ちは夕食を拒み、世界一おいしい食べ物ラーメンを拒絶し、10kmランニングを日課として定着させた。

休もうとすれば「今休めば目標は達成できなくなる・・・」という恐怖にかられ、体が自然と動き出してしまう・・・俺をそんな風に目標に向けて“猫まっしぐら”状態にしたのは悪意、“純粋な悪意”だったのだ。

 

というかなんでもいいからJust Do IT(今すぐやれ)

というか“目標”や“絶対に勝ち得たい何か”がある・・・ならば、手段や心の持ちようを選りすぐりできる立場なのだろうか、例えば山登りのように“登る過程にも意味がある”ものならば、手段、心の持ちようにもこだわるべきだろう、だって「山を頂上まで登ったよ、ヘリで」なんて話だったら、満場一致で「だれでもできるやん(金あれば)」となるから。

そうでないのなら、なんでも使えばいいんだよぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!! 綺麗、汚いなんて二の次・・・それは達成できなかった時に自分や周りをなだめる為の予防線でしかないぃぃぃいいいいいいい!!!

まぁ・・・おおくの脱線をしながら長々と語ったが言いたいことをまとめると

何かを成す為には強力なモチベーションが不可欠であって、僕は“感情と人物を結び付けること”がそれだと思う

ということです。あーだ、こーだ、前提とか理由はいい、とにかく・・・やるんだ。山なし、落ちなし、意味なしな書き殴り駄文を失礼・・・以上だ、アディオス。

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